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最高裁判所大法廷 昭和38年(オ)737号 判決 1966年7月20日

上告人 梅原義高

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

論旨は、薬剤師について、厚生大臣の免許のほかに、その薬局の開設に対し許可又はその更新の制度を設け、その業務の遂行を規制するのは、憲法二二条に違反するという。

しかし、薬剤師の免許は、薬物の調合には特別の知識技能を要し、それなくして行なわれるときは、人の生命ないし健康に危害を及ぼすおそれがあるため、販売又は授与の目的で調剤する者に必要な知識および技能について国家試験を施行して、その合格者に付与されるものであり(旧薬事法三条、七条、薬剤師法二条、三条、一一条)これに対し、薬事法五条による薬局開設の許可は、薬剤師の業務が一般公衆の求めによる調剤、その他医薬品の販売、授与にあることにかんがみ、その業務実施の場所である薬局(薬事法二条五項)が、その目的に適うように設備され、管理されるために必要とする法令所定の諸事項を具備するか否かを審査してなされるものであることは明らかである(同法六条一項)。その開設許可に有効期間を限つて更新させることにしたのも、その更新を機会として許可後の薬局の施設その他の変更の有無を審査し、つねに薬局に許可基準に適合する状態を維持させようとするにほかならない。してみると、薬剤師の業務の遂行については、単に薬学の知識調剤の技術、能力の具備を主眼として与えられる免許とは別に、公衆衛生の見地からするこのような薬局に対する規制も不合理とはいえない。

論旨は、また、医師、助産婦、あん摩師、はり師、きゆう師、柔道整復師等は、厚生大臣の免許を得ればそれ以外にその業務の遂行につき規制を被らないのに対し、薬剤師に対する規制はこれらに比較して過重であるというが、これらの者が診療所、助産所、施術所を開設するのに都道府県知事に対する届出をもつて足りるとするのは(医療法八条、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関する法律施行規則二四条)、その業務が薬剤師と異なり、主として診療、施術そのものにあるためにほかならず、しかも、診療所も、その開設後は、薬局と同様、常時薬事法(六九条、七〇条等)にもとづく都道府県知事等の検査を受け、さらに、診療所、助産所又は施術所は、医療法(二四条、二五条等)又はあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関する法律(一〇条、一一条等)にもとづき、その清潔保持、構造設備等につき、常時都道府県知事等の検査を受け、ことに、収容施設を有する診療所又は助産所は、その構造設備について都道府県知事の検査を受け、許可証の交付を受けた後でなければ、これを使用することができないのであつて(医療法二七条)、所論のように、免許された業務は公共の福祉に反しないのであるから、その業務の遂行にそれ以上の規制が存すべきでないとは必ずしもいえない。

論旨は、なお、薬局の開設を許された薬剤師が当該薬局における設備および器具をもつてする製薬を薬品製造として許可にかからしめ、その許可又はその更新の申請に手数料を徴するものとした薬事法施行令一四条但書に言及し、これを薬剤師に当然許さるべき調剤の準備行為までを規制する不合理な制度として非難する。しかし、その製薬が調剤の準備行為として行なわれる場合でも、それは薬剤師本来の業務ともいうべき医師等の処方せんによる調剤(薬剤師法一九条、二三条)にあたるものではないうえ、その製品をそのまま一般の需要に応じ販売することもできるわけであるから、それが別に医薬品製造業としての必要な規制を受けてもやむをえないところである。

これを要するに、薬剤師に対する諸規制は、その免許、許可の目的と薬剤師業務の実態とを併せ考えれば、これを過重不合理のものとは認めがたく、いずれも、公共の福祉のためにする職業に対する制約と理解することができる。憲法二二条の職業選択の自由の保障は、選択した職業の遂行の自由の保障をも当然含むものと解されるが、また、その自由は公共の福祉のために制限されることも、同条の明示するところである。従つて、薬局開設の許可制はもちろん、その他所論の薬剤師業務の規制をもつて同条に違背するものとはなしがたく、論旨引用の当裁判所の判例も、本件については適切ではない。論旨は採用できない。

同第二点について。

論旨は、薬剤師に対する調剤の規制と医師に対するそれとは不平等で、憲法一四条に違反するものと主張し、これを認めなかつた原判決および第一審判決は、憲法一四条に違反し、且つ法令の解釈を誤り、理由不備、審理不尽の違法があるという。

なるほど、薬剤師法一九条但書は、医師等が患者又は現にその看護にあたつている者の希望のあつた場合その他一定の場合に自己の処方せんにより自ら調剤することを認めており、また同法二二条但書は、薬剤師に、病院、診療所等の調剤所において、その病院、診療所等で診療に従事する医師等の処方せんにより調剤することを許し、その調剤所には薬局開設の許可のような制約は存しない。しかし、販売又は授与を目的とする調剤を普通人に禁じこれを薬剤師の業務としたのは、さきに説示したように、知識技能を欠く者の調剤は人の生命ないし健康に危害を及ぼすおそれがあるためであるから、その知識技能において普通人と同視できない医師等にはそのようなおそれはないものとして、一定の条件のもとに、薬剤師と同様に、調剤を許容したのであり、病院、診療所等の調剤所については、第一点について説示したところを含めて、医療法(七条以下)およびその関係法令により医療機関の一部として所要の規制が行なわれているし、それは、また、特定の範囲の患者だけに対する投薬を目的とする施設であるから、薬局と同一の取扱を定めていないのである。

憲法一四条は、国民に対し絶対的な平等の取扱を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止するだけのことであり、事柄の性質に即応して合理的と認めうる差別的取扱をすることは、なんら同条の趣旨に反するものではない。これを調剤についていえば、医師を普通人と同視せず、ある範囲において調剤につき薬剤師と同等の取扱を認めたとしても、また、広く公衆の求めに応じて調剤を行なう薬剤師の薬局と患者につき診療の附随的行為として一定の条件のもとにのみ調剤を許される病院、診療所等の調剤所との間に規制の相違が存したとしても、それは法が公衆衛生の見地から、それぞれの業務業態に応じ適切と認める規制を定めたためであつて、これを不合理な差別とはなしがたい。従つて、この点につき憲法一四条違反の主張を排斥した第一審判決を引用した原判決に、所論の違法は認めがたく、論旨引用の当裁判所の判例は、もとよりこの場合につき適切ではない。論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎)

上告理由書<省略>

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